トライトーン・サブスティテューションの原理

今回は、トライトーン・サブスティテューション(Tritone Substitution)の原理について説明をする。

トライトーンとは何か?

ご存知の通りトライトーンというのは、3つの(tri-)全音(tone)の意味である。全音3つ分。ドに対してファ#。音程名で言うと増四度。これがトライトーンだ。

増四度は非常に不協和な音程である。半音6個分。周波数比で言うと2^(6/12) = 2^(1/2)=√2=1.4142…。音楽系のブログで「ルート」を根音の意味ではなく平方根の意味で使うのはこのブログぐらいのものかも知れない。ルート2は簡単な整数比で表せない。そもそも無理数なので(正確な)整数比では表せないのだが。不協和な音程の代表格とも言える。

音楽とは、不協和度のゆらぎ(不協和と協和)を推進力(前へ進むためのエネルギー)としているので、不協和な和音は非常に使い勝手がいいわけだ。

トライトーン・サブスティテューションの考え方

V7の3rdと7thがこのトライトーンなので、V7は重宝される。そこで、このトライトーンさえもっていればなんだってV7の仲間だと考える。これが「トライトーンがあるなら、なんだってV7の代理和音」だという考え方である。音楽用語では「トライトーン・サブスティテューション」と言う。

本によっては、「トライトーン・サブスティテュート」と書いてあるのだが、「substitute」は名詞として「代理」と言う意味もあるが、動詞としても使うのでこれを名詞として使ってしまうと説明のときに紛らわしいからネイティブの人は、あまり「tritone substitute」とは言わない。

V7のトライトーンでないと駄目なんですか?

トライトーンはV7の3rd(vii)と7th(iv)に現れる。別にここ以外に現れるトライトーンを持つ和音を使ってもいいんじゃないかと思うわけだが(実際、いいのだが)、major scaleではトライトーンはここにしか現れないので、まずはここに現れるトライトーンを共有する別の和音を探してそれを使っていくのが本筋である。

V7とトライトーンを共有する他調のV7を探す

さて、V7の3rdと7thすなわち、viiとivを持つ他の和音を探すのだが、その調(major scaleだと仮定する)の4和音(I△7,IIm7,IIIm7,IV△7,V7,VIm7,VIIφ7)からだとVIIφ以外見当たらない。VIIφも普通、V7の根音省略とみなすので、だとするとV7より他ない。

そこで他の調からも探す。viiとivを持っていればいいのだが、トライトーンなので、他の調のV7(or VIIφ)に相当するものでないとこの音程は出てこない。VIIφのことはV7だとみなすので、いまは忘れよう。minor scaleも同様の議論が出来るのでこれについてもいまは忘れよう。

viiとivを持つ(他調の)V7は、この2音がV7の3rdと7th(もしくは7thと3rd)に来なければならない。3rdと7thに来るといまの調のV7であり、7thと3rdに来るといまの調から見て♭II7である。

かくして、V7と同じトライトーンを共有するのは(いまの調から見ると)♭II7のみだとわかる。V7と♭II7はrootがトライトーンの関係になっている。1オクターブ12音を時計の1,2,3,…,11,12時に見立てると、ちょうど反対側(12時に対して6時、1時に対して7時、…)である。

裏コードとは?

G7に対してD♭7。F7に対してB7。これがトライトーンを共有する他調のV7であることがわかった。トライトーンを共有するのだから、V7の代わりに使ってしまおうというのが、トライトーン・サブスティテューションの考え方だ。時計で見たときに180度反対側にあることから、俗に「裏コード」と呼ばれる。

C major scaleのV7であるG7と、裏コードであるD♭7の構成音とを見比べると4音のうち2音が違う。しかもその2音は、C major scaleにはない音である。近親調ですらない。(5度圏で見て180度反対側にある調のV7なので..)

このため、うまく使えれば新鮮で効果的である。

人工的なスケールでは?

トライトーン・サブスティテューションの考え方を敷衍していくと、トライトーンをもつ和音を他調でなく人工的なスケールから探したらどうか?となる。

とは言え、トライトーンが出現する使えそうなスケールは限られている。もっとも使い勝手がいいのは、diminished scaleであり、このスケールの和音(dimの和音)でV7を置き換えることを考える。diminished scaleのことを知らない人は、いまはdimの和音で置き換えるとだけわかってもらえれば。

viiとivを持つdim和音は、IIdim = IVdim = ♭VIdim = VIIdimである。これでV7を置き換えることが出来る。V7と♭VIdimとの関係を見ると、V7に対して半音上をrootとするdimで置き換えていることがわかる。(V7の根音省略であるVIIφを思い浮かべれば、V7≒VIIφ≒VIIdim≒V7(♭9)みたいな連想はできると思うし、覚えやすいと思う。)

セカンダリードミナントに対するトライトーン・サブスティテューション

セカンダリードミナントに対してもこの考え方が使える。

・ A7 – Dm
という進行があったとして、A7を以下のように変更できる。
1) A7の裏コードであるE♭7にする。
2) A7のrootの半音上のdimであるB♭dim(=D♭dimにしてみる)。

つまり、A7 – Dmのようなドミナント・モーションは、1)にするとrootが半音下降形になる。2)にするとrootが半音上行形になる。どちらもうまい具合にrootの半音進行が得られる。

裏コードのツー・ファイブ化

V7は「IIm7-V7型」に分割できる。V7が間延びするときに、それを埋めるために直前にIIm7を放り込める。
これを応用して、V7の裏コードである♭II7も「IIm7-V7型」に分割できる。このとき、♭VIm7 – ♭II7となる。

このようにツー(IIm7)の裏コード(♭VIm7)が見つかったので、これをIIm7の代わりに使うことを考える。♭VIm7は、IIm7の裏コードだと言える。(iiからトライトーンの関係にあるのは♭viなので…)

そこで、ツー・ファイブのツーとファイブに関して、
a) IIm7に関して裏コードを使うか、使わないかという二択
b) V7に関して裏コードを使うか、使わないかという二択
により、2 × 2 = 4つの以下の組み合せが得られる。

1) IIm7 – V7 – I△7
2) VI♭m7 – ♭II7 – I△7
3) IIm7 – ♭II7 – I△7
4) VI♭m7 – V7 – I△7

1)は普通。2)はツー・ファイブの両方が裏コードなので非調性音がいっぱい。3),4)はその中間ぐらいの感じ。
曲想や希望するサウンドに応じて使い分けると良い。
※ 上の例以外にさきほど出てきたようにV7を♭VIdimで置き換えることも出来る。

このあと、例えばIIm7に対するセカンダリードミナントを前において、それをさらにツー・ファイブ化して、さらにそのツーかファイブを裏コードにして…など考えていくと無限の組み合わせが得られることになる。

まとめ

V7とトライトーンを共有する和音を探すという発想から、V7の代理コードとなる裏コード(♭II7)とdimコード(♭VIdim)が得られた。裏コードを得る方法を敷衍してIIm7の裏コードとして♭VIm7が得られた。

このようにしてトライトーン・サブスティテューションとして裏コードとdimコードを同時に発見出来るのだが、個別に扱っている本が多いのでまとめてみた。

トライトーン・サブスティテューション自体は奥深く、今回書いたのはトライトーン・サブスティテューションの原理的な部分のみである。実際の用例などは別の記事として書くことにする。


作者 やね うらお

BM98,BMSの生みの親 / ヒルズにオフィスのある某社CTO / プログラミング歴37年(5歳から) / 将棋ソフト「やねうら王」開発者 / 音楽理論ブログ / 天才(らしい) / 毎日が楽しすぎて死にそう

コメント (3)

  1. このあたり、T/SD/Dと同じような恣意的過ぎる香りがします。

    基本的には、和音の中の最小構成要素の協和もしくは不協和が、より協和するように遷移するか、より不協和に遷移するか、という現象の組み合わせが和声進行であって、2音からなる和音の理論を構築し、その応用として3音以上からなる和音の理論を構築して行くのが本道だと私は考えます。別記事にコメントしたように、音階をリニューアルするならなおさらです。

    そして、極端な倍音構成に触れがちなゲームプログラマならばこそ通じる話だと思いますが、その和音の理論は、音色の倍音構成に強く影響されます。よって、楽理にはあまり登場しない音色の要素が、実は和声理論に組み込まざるを得ないものであるという、歴史を裏切る道が見えてきます。まあ、音色自体、和声の経時的変化ですから、測定が困難であった昔には楽理の埒外にするほか無かったのだと思いますが。

    また、全ての声部が各和声の冒頭でアタックする場合と、減衰する1音を継続させたまま、別声部がアタックする場合では、不協和のテンションが大きく異なりますが、これは、継続する音の代わりに、自然楽器の減衰を模して音量を低減させた音をアタックし直しても後者と酷似した効果が得られることから、本質は音量比だと思います。このことは、音量比も和声学の範疇であることを示唆していると思います。

    既存の理論を援用することが難しくなりますが、2音の周波数比と音色の倍音構成、そして音量比による「協和レベル」のようなものを分類し、それを連続させた時の性質から組み立て直す和声学の勃興に挑んで欲しいなあ、と思います。

    • > 基本的には、和音の中の最小構成要素の協和もしくは不協和が、より協和するように遷移するか、より不協和に遷移するか、という現象の組み合わせが和声進行であって

      論点がよくわからないのですが、トライトーン・サブスティテューションでは和声進行は問題としてないです。V7という不協和音を同じぐらい不協和な別の不協和音で置換するというだけの話です。その置換するときにトライトーンの場所が変わるとトーナリティを無視した全然違う感じの和音になってしまうので、この場所は変えないという前提のもとに置換できる和音を探します。(探しました)

      だから、この部分に恣意性はあまりないです。

      > 2音の周波数比と音色の倍音構成、そして音量比による「協和レベル」のようなものを分類

      たぶん、話としてはこのあたり(以下の論文)かな…。

      画像と音の調和に関する心理的な分析とそのモデル化 : 周波数による二音和音の協和・不協和の数理モデル化(音楽情報・認知)
      http://ci.nii.ac.jp/naid/110002950457

      倍音がきつい(たくさん含まれている)シンセ系の音源だと不協和感が全然違ったりすることはありますが、そういう極端な例を除くと、人間が主に知覚するのは1曲のなかでの相対的な不協和度・相対的な音量なので、ある和音が不協和かどうかというのを絶対的な尺度で計測することはあまり音楽的には意味はないような気がします。また、相対的な不協和度だけであれば自分の耳で聴けばわかることですし…。

  2. ああ、多分、先走って「自動作曲するなら基本的な要素を解析可能な理論を作っておかないと、素敵な曲は作れなそうだ(=超ありきたりか意味不明で退屈かの両極端に陥るのではないか)」というのが隠れた前提になってしまっていたかと思います(2音の関係については、別記事にコメントしました)。

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