モーダルインターチェンジの原理

借用和音は普通、近親調から和音を持ってくる。近親調だと調号が似ているので、新しい音が少ないという理由からである。例えば、属調や下属調であれば、現在の調の7音のうち、6音までは共通である。

このことは12平均律に限らない。53平均律や、もっと一般化されたものを想定しても、やはり借用和音は調号の近い調、共通音の多い調から持ってくるほうが自然である。

しかし、モーダルインターチェンジにおいては、共通の音がどれだけあるかというのはあまり問題ではない。何故なのか?モーダルインターチェンジはどういう概念なのか?それは借用和音とはどう違うのか?

普通、モーダルインターチェンジというのは、主音を同じくする別のモードに変更する(もしくは、その別のモードから和音を借用してくる)ことを言う。

例えば、ドを主音とするmajor scaleは、ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドである。ドを主音とするnatural minor scaleは、ド・レ・ミ♭・ファ・ソ・ラ♭・シ♭・ドである。曲の途中で前者から後者に移行する場合、前者と後者とでは7音中の3音も違う。この時点で主に近親調から借用してくる借用和音とはずいぶん違うことがわかるだろう。

前者において、ド・レー・ミーというメロディがあったとしたら、後者においては、これがド・レー・ミ♭ーになる。つまり、

ド は ドへ。
レ は レへ。
ミ は ミ♭へ。
ファ は ファへ。
ソ は ソ へ。
ラ は ラ♭へ。
シ は シ♭へ。

のような変換がなされていることがわかる。数学的な言葉で言うなら、これは集合から集合への射影である。モーダルインターチェンジを集合論的な射影であると説明したのは、もしかするとこのブログが世界初かも知れないが、これを射影とみなすことで見えてくるいくつかな特徴がある。

例えば、この射影は、ねじれない。つまり、音の低いほうから音を並べて、

元の集合 : ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド
射影先の集合 : ド・レ・ミ♭・ファ・ソ・ラ♭・シ♭・ド

対応する音を線で結んだときに交差はしない。

つまり、
ド は レへ。
レ は ドへ。
のように射影されるケースはモーダルインターチェンジにおいては存在しない。

つまり、元の集合において、ド、ソ、ラー、ミのようなメロディがあったとして、直前の音と次の音の音高を比較すると、「上がる、上がる、下がる」になっているが、この関係はモーダルインターチェンジ後も保たれる。つまり、ド、ソ、ラ♭ー、ミ♭となっても「上がる、上がる、下がる」の関係は維持されている。

直前の音と次の音との音高が上がっているのか下がっているのかというのは人間がメロディを認識するときに最も重要なポイントで、これがモーダルインターチェンジにおいては不変であることが保証されているというのが大きい。

この理由により、モーダルインターチェンジが行われて、同じメロディが繰り返されると(例 : 「ド、ソ、ラー、ミ」だったものが「ド、ソ、ラ♭ー、ミ♭」になると)、「さっきのメロディに似ているけど、雰囲気が違うな」という風に聴こえるのである。

モーダルインターチェンジは、特定の周波数帯だけがドップラー効果のように圧縮されている(上がったり、下がったりしている)、もしくはエフェクターで周波数が変調されていると考えるとわかりやすいかも知れない。そして、その圧縮は、主音を基準点として行われるので、主音の音高はモーダルインターチェンジ後でも変化しない。

ここまでが私が音楽理論初心者のときに誰かに教えて欲しかったモーダルインターチェンジの原理的な説明である。

少し蛇足ではあるが、いま「主音」という言葉が出てきた。「主音」なんてものは普通は作曲者が勝手に意識しているだけである。例えば、A natural minor scaleとC major scaleのような平行調の関係にある場合、使われているサウンドセット(音の集合)は同じなので、音楽を少し聴いただけではそのどちらに属するのかは判断できない。

しかし、例えば、作曲者が目下の演奏パートを前者だと認識しているなら主音はa(ラ)であるから、モーダルインターチェンジしようと思ったときに、a(ラ)を基準点として行なう。つまり、このとき、モーダルインターチェンジ後でもa(ラ)の音の音高は変わらない。このように、何かをきっかけとして、作曲者がどの音を主音と考えているのかがわかることがある。(詳しくは別の記事として書く。)


作者 やね うらお

BM98,BMSの生みの親 / ヒルズにオフィスのある某社CTO / プログラミング歴37年(5歳から) / 将棋ソフト「やねうら王」開発者 / 音楽理論ブログ / 天才(らしい) / 毎日が楽しすぎて死にそう

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